起業やら創業やらの話が盛り上がっているようなので一言だけ。ネット界隈や雑誌で語られる起業話って、どのクラスのものなのかが、まず前提として語られないことが多いので、どうにも地に足ついた議論が少ない。ライブドア創業しますとかは、そりゃー稀少なわけで、大半はスモールスタートなわけです。喫茶店始めたいとか。だからここでは、スモールスタートの話をしようかな。
考えてみましょうよ、自営とか家族経営クラスの人はそこら中にいるでしょう?ラーメン屋のおっちゃんとかだってそうだよ。試しに近所の税務署か法務局に張り付いてみててご覧なさいな。オススメは1月10日か、7月10日の税務署前だ。毎月10日でも構わない。税務署にやってくる人の多様性は想像を超えますよ。起業はそこらに転がっている。登記をすれば誰でも社長になれますよね。そういう話じゃないって?どうでしょう?世の中の大半の人にとって自分が起業リスクを過大評価しているのか、過小評価しているか、論じるのは困難だ。しかし周囲には、経営者の立場にいる人は意外にいる。彼らはネット論壇が言うほど真剣に考えて起業したんだろうか。中身はその辺にいるようなおばちゃん・おじちゃんなのに。その辺の乖離が、どこから生じるのか、が僕は気にかかる。
個人的には、スモールスタートの創業・起業にとってのハードルは、
・税金や厚生年金などの制度設計や規制
・失敗したときの経営者の保護
の2つ。実はひとつめが盲点なんじゃないかしら。会社法人化することによって、守らなければならないことは桁違いに増える。支払わなければならない税金・社会保険の額は結構な負担になるし、そもそも制度がさっぱり分からない。個人を守るための制度が、スモールスタートの起業家にとっては足枷になる。源泉徴収事務に年末調整、決算、これでもかというほどやることがあって、間違えると社長でしょと怒られる。そういう「実際」は結構あるのに、こういう議論のときって経営してる人の意見が出てこない。僕のスコープが狭いだけかもしれないけど、経営者が書いた今回の創業関連記事はこれくらい。以下の記事には結構頷かされる。
http://d.hatena.ne.jp/kuippa/20100311/1268327600
試しに少し、現実的な話を書く。資本金が少なくて済む、IT関連で極小のスモールスタートをした場合を想定しよう。現実的な出費として必ず出て行くのは源泉徴収税と社会保険などの費用なので、役員報酬を一定額以下にしない限り、国という壁が立ちはだかる。それで逡巡するなら個人事業主でいた方が良いわけ。自己資金がないなら新規創業資金なんかも借りられないから、借入はほぼ皆無だ。ここでもハードルが上がる。銀行は貸してくれないだろう。そもそも借入を始めたが最後、連帯保証やら何やら、有限責任はどこかへ消し飛ぶ。さて、それで、どうやって続けるか?あるいは途中で自主廃業か。こういうリアルな話はあまり聞かない。若者はどこへ行ったのか、のノリでいえば、清算したり潰れた会社の経営者さんはどこへ消えたのか?廃業したけど幸せに生きてる人もいっぱいいるはずなのに、怖い話の方が耳にしやすい。
個人的には、会社の続け方をよく知っている社長さんは、実はご近所さんだったりする。あるいは親。うちは自営業に近かったから、それでだいぶハードルが下がっている。個人経営クラスの経営者って、周りにもいるでしょ?親の家業の雑貨店継ぎました、とか。そういう人たちの事業は、ITベンチャーで数人で回していくよりも大変なわけです。実際のお店を運営しなきゃいけない。だから、暗黙知をいっぱい受け継いでいるし、事例として自然に共有している。たとえば一番分かりやすいのは「有限責任だって言われてるけど、銀行にお金を借りたが最後、無限責任ですよ」とか。「何があっても税金だけは納めろ」とか。そういう、タテマエと現実の違いを乗り切る方法を、日本の地場の古い経営者の人たちはよく知ってる。
逆にいうと日本は、そういうことを熟知していないとスモールビジネスですら生きていけない世界なのかもしれない。起業の話をするんなら、続け方と止め方の話をもっとするべきだと思う。失敗した経営者さん達ってどうなったの?樹海に消えていったのか。よほど親しくしていない限り、その後は分からない。10年20年やってきた経営者の人たちだけが、そのリアルを知っている。それが起業というより倒産の恐怖を無意味に拡大させているようにも思う。
実際調べてみると、起業するよりも廃業するときのリスクの方がみえないものだ(脅しはよく耳にするけど具体的な事例は出てこない)。失敗しても生きていけるから不必要に心配しなさんな、と具体的に教授してくれる人がいない。倒産の方法を説明するサイトは確かにいっぱいあるけど、社長向けの話がほとんどで、経営者にこれからなるであろう人向けの内容じゃない。なので失敗に備えた過剰装備をすることになるんだけど、過剰装備を調えているうちに機を逸することの方が圧倒的に多いのだし、現実にそうなったら役に立たないから、どうしようもない。ほんとは成功するなら人もお金もあとからついてきて、自然に整ってくるのだろう。結果失敗するなら、どんな装備を整えていたって、じわじわと下降していく。対象となる事業にかける時間の長さは、そのまま自分の人生の残存量と比例しているのだから、どうせやるならパッと試してみて、成り行きを見守ってみた方がいいのだけれど、それができない。一寸先が闇。対策すら練れない。
・永遠に存在する会社はない
・失敗しても死ぬことはない
というのは結構言われるけど、具体的にどうなるの?はみんな知らない。そこが問題なのです。国民性云々って言っても、起業する人はするわけだ。レールを踏み外した人は今のご時世どこにだっているんだし。そういう情報をこそ、ネット上でがんがん流すべきなんじゃなかろうか。起業の失敗情報をまとめるとか。
なんで「起業が増えていない」のは、実直的には収支計算して本当に無理だから諦めるか、起業してから廃業までが見えないから怖くて手を出せないのが現実のところで、それがこの国の起業を阻んでいる障壁であるように感じる。せめて「生きていけるな」と確信できるくらいのリスク計算手段を用意すれば、手元に現金がなくても起業しちゃう人は結構いるだろう。軒先で弁当売り出すとか。こんな時節だし一杯いるはず。だけど、未だに起業して失敗すると首を吊ることになる、が定説として流布しているうちは起業は増えない。肉体的にも、社会的にも、死ぬのはみんな怖いのだから。
しかし起業が増えていないというが、もうほぼ個人事業主に近い起業状態のマインドの人は多いんじゃないだろうか。派遣社員とかフリーターと呼ばれる類の人たちは企業に搾取されて云々っていうけど、自分の身の振り方を(サラリーマンよりは真剣に)考えなければならず、自ら行動しなきゃ死ぬという意味で、経営者と同じだからだ。ニートの人たちだって自ら行動しないと死ぬ状況にいないだけで、何かあったら自己責任を問われてしまう厳しい環境にいる。その意味において、個人レベルでは日本の創業ブームはとっくに来ているのかもしれない。組織にできないだけで、そこの敷居を下げれば、創業が一気に盛り上がる可能性はあるのかもね。ということもあって、僕はBIに賛成していたりする。